「忙しい親に何度も訪問させたくない」子育て手続きのデジタル化に取り組む呉市
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「忙しい親に何度も訪問させたくない」子育て手続きのデジタル化に取り組む呉市

2021.07.21 Wed

子育て関連手続きのデジタル化に取り組む呉市では、放課後児童会に関する手続きをオンライン化。保護者はこれまで手続きのために、多い場合で3回、児童会に足を運ぶ必要がありました。しかし、オンライン申請を導入したことによって、訪問回数は個別面接時の1回に減少。さらにこのオンライン申請は、対象者の97.1%に利用され、保護者からは「楽になった」という声が続々と届いています。呉市はどのようにして、このように市民に使われるオンライン申請を作り上げたのでしょうか。福祉保健部 副部長の是貞氏に伺います。聞き手:本山 紗奈(Govtech Trends編集部)

なぜ「子育て分野」からデジタル化を始めたのか

《呉市では、2020年8月に、子育て関連の手続きをスマートフォンで案内する「子育て手続きナビ」を公開。続いて2021年4月には、放課後児童会の手続きをスマートフォンからできる子育てオンライン申請「放課後児童会」を公開した。》

2020年8月に公開した「子育て手続きナビ」

——なぜ、子育て分野のデジタル化に取り組もうと考えたのでしょうか。

きっかけの一つは、保育・子育て部門の職員不足です。近年、保育無償化をはじめ、子育てに関連する事務の量は増加しています。しかし、人員配置は思うようにかないません。そこで考え方を変えて、増員要望を出し続けるのではなく、事務そのものを減らしたり、なくしたりすることで問題を解決できないかと考えました。

——発想の転換ですね。

そこで検討したのが、デジタルの活用です。子育て関係の手続きを行う世代のスマートフォン所持率は95%を超え、デジタルに対する抵抗が少ない世代であると言われています。共働きで子育てをする保護者は多忙で、時間に追われています。こういった背景から、子育て関連の手続きが、デジタル化の先陣を切るのに最適ではないかと考えました。

2021年4月に公開した、子育てオンライン申請「放課後児童会」

——子育てに関する手続きにはさまざまなものがありますが、どのような観点で対象手続きを選定したのでしょうか。

まずは、自治体側で運用を制御しやすい手続きを選びました。法令で定めがある児童手当や、児童扶養手当、保育所入所などは、自治体の裁量では運用を変更しづらい部分がありますが、それ以外の手続きは制約が比較的少ないため、取り組みが進めやすいと考えました。

導入時の方針は「市民の利便性を最優先する」

——デジタル化することを決めてからは、どのように進めたのでしょうか。

2019年7月に市長にデジタル化推進のための了承を得ました。その際に市長から、「フットワークが軽く、レスポンスがよい事業者を選ぶ」「担当者が技術に精通している事業者を選ぶ」などの指示がありました。中でも重要だったのが、「市民の利便性向上を最優先する」という指示です。

——もともとは人員不足がデジタル化のきっかけとなったということでしたが、「市民の利便性を最優先する」ことが重要だと考えたのには、どのような理由があるのでしょうか。

職員の事務負担を軽減するためには、まずは市民に使われるサービスを作ることを優先すべきだと考えたためです。

福祉保健部(子育て担当)副部長 是貞 聡志氏

——市民に使われるサービス作りを優先しようと考えたのはなぜですか。

このように考えた背景には、デジタル化に取り組む自治体を視察した経験が活きています。例えば、AI-OCRやRPAを使った自動化に取り組むいくつかの自治体を視察した際に、想定よりも自動化されている部分が少なく、結果的に、事務工数が思ったほどは削減されていないという事例を目にしました。デジタルを導入したからといって、必ずしも負担軽減にはつながらないのだと実感しました。

——視察での学びを経て、「市民の利便性を最優先する」という方針に至ったということですね。

そうですね。実は視察を経てしばらく悩んでいたところ、呉市のICT顧問から受けた「職員の負担軽減だけを考えていてはだめなのではないか。職員の負担軽減はあとからついてくるもので、市民の利便性が先に立たないと、誰も使わないのではないか」というアドバイスが転機となりました。巨額の投資をして誰にも使われなければ、システムを作っても意味がありません。しっかりと使われるものを作って、結果的として、職員の工数削減につなげるのが理想の形だと考えました。

実際公開すると、ほぼすべての保護者が利用

——実際に導入したところ、どのような効果がありましたか。

「放課後児童会」のオンライン申請を公開したところ、ほぼすべての保護者がスマートフォンやパソコンから申請を行いました。

保護者の97.1%がオンライン申請を利用。スマートフォンやパソコンがない保護者に向けて、紙による申請も一部残している。

——オンライン申請の導入以前、保護者はどのように申請していたのでしょうか。

オンライン申請を導入する以前は、紙で申請を受け付けていました。その際、保護者は、多い方で3回、放課後児童会に訪問する必要がありました。1回目は入会申込書の様式を受け取る時、2回目は入会申込書を提出する時、3回目は個別面接を受ける時です。

——働いている保護者が、最大3回訪問するのは大変ですね。

働く人のための制度にも関わらず、仕事を休んで何度も児童会に訪問している保護者もいたため、何とか改善できないかと考えました。

——オンライン申請の導入によって、訪問回数はどのように変化したのでしょうか。

オンライン申請を導入したことによって、訪問は個別面接時の1回だけで済むようになりました。個別面接は、保護者と放課後児童支援員が、アレルギーや注意事項といった子どもに関する情報を事前にやりとりしておくための場なので、これまで通り残しています。

保護者は、放課後児童会が開いている平日日中に、多い方で3回訪問する必要があったが、オンライン申請を導入することで、1回で済ませられるようになった。

——入会申込書の添付書類である勤務証明書は、どのように受け付けることにしたのでしょうか。

添付書類である勤務証明書は、画像データで受け付けるようにしました。保護者は、オンライン申請画面で、会社に用意してもらった勤務証明書の画像データを添付するだけです。画像データはスマートフォン等で撮影すれば、簡単に準備できます。原本を提出する必要はありません。

もともと原本を受け付けていた勤務証明書は、画像の添付で受け付けるようにした。

利用者からは「会社を休まなくてもよくなった」の声

——ほぼすべての保護者が利用しているというのは、求められていたサービスということですね。実際の利用者からはどんな反応がありましたか。

利用者からは「会社を休まなくてよくなった」「書類提出のためにわざわざ行かなくてもよくなったので便利」「自宅で好きなタイミングで申請できて、家事の合間にできた」といった声が届いています。

——利用者は子育て中の保護者とのことでしたが、やはり、開庁時以外の時間帯の利用が多いでしょうか。

利用時間帯を集計したところ、約3分の2の申請が、早朝や夜間、休日、昼休みの時間帯に行われていました。24時間いつでもスマートフォンから申請できるため、保護者は仕事を休むことなく、空いた時間に申請していることが分かります。

閉庁時や、保護者が昼休みの時間帯に頻繁に利用されている。

——オンライン申請の導入によって、放課後児童会の現場にはどのような変化がありましたか。

現場のスタッフは、本来の仕事である、子どもと接する時間が取りやすくなっているのではないかと思います。これまでは多くの訪問に応対する必要がありましたが、今後はサービスの質を上げるために、より多くの時間が取れるようになるのではないかと考えています。

保護者への広報では、チラシを活用

——多くの方に利用されるためのポイントには、広報の観点もあるかと思います。保護者の方へは、オンライン申請ができることをどのように周知しているのでしょうか。

保護者にはチラシなどを通じて広報を行っています。

学童の現場でチラシを配布する様子。

オンライン申請の存在を知らず、窓口に来てしまった保護者に対してもチラシを見せてスマートフォンから申請してもらうようにしています。

「子育てオンライン申請」「子育て手続きナビ」のチラシ。以前、広報を担当していた経験を活かして、チラシのデザインは是貞氏自身が作成。保護者は、チラシにある2次元バーコードをスマートフォンから読み取って、申請ページにアクセスする。

——チラシをうまく活用して、オンライン申請を案内しているのですね。

他にも、市民に向けてYoutube動画を公開して「子育て手続きナビ」を周知する活動も行っています。オンラインでも安心して使ってもらえるように、親しみやすく分かりやすい案内を心がけています。

Youtubeで公開している動画。実際にサービスを利用した保護者へのインタビューを交えて、分かりやすく利用法を案内している。

導入時、業務の整理に「業務フロー図」を活用

——導入時には、アナログ業務に対して、どのようにデジタルを取り入れるかといった観点が重要になってきます。そういった観点で、工夫したことはありますか。

業務を整理する際には、業務フロー図が非常に役に立ちました。図は簡略化せずに、細かい作業工程を反映させて、手続きの不備や不足があった場合の申請者とのやりとりの工程も細かく書くことが重要です。ツールにはExcelを利用しました。

——業務フロー図を書くことで、どのようなメリットがあるのでしょうか。

業務フローを書くことで、業務全体が見渡せるようになります。これまでアナログで行ってきた業務にデジタルを取り入れる際には、運用を一から見直す必要があります。その際、詳細な業務フロー図が議論のベースとなります。手続きに関わる人の役割を明確にして、手続きのどこで、誰が、どのくらい関わって、どれくらいの手間がかかっているかを可視化することにも役立ちます。内部で話し合いをする際にも共通認識を持つことで、問題がありそうな箇所を特定しやすくなります。

——他にはどのような使い方ができますか。

タスクを細かく整理することで、工数が試算できます。それぞれのタスクにかかる準備作業や事務の処理時間など、市民と職員、両方の観点で算出し可視化することで、業務をデジタルに置き換えた時に、どの部分に、どのくらいの削減効果が見込めるのかを明確にできます。

「DXはすべてを解決する魔法ではない」今回の経験を活かして、さらなるオンライン化へ

——デジタル化に取り組んで感じた、率直な感想を教えてください。

働きながら子育てをする世代は、デジタルを当たり前のものとして使いこなすのだと実感しました。いきなりすべてをオンライン化しようとするのではなく、デジタルに対する苦手意識が少ない層を対象にした手続きや、普段からパソコンで作業している事業者が行う手続きなどから順にデジタル化に対応していくのがよいと思いました。

——今後はどのようなことに取り組む予定ですか。

子育て関連手続きのオンライン申請をさらに拡大していきます。具体的には、児童手当や、乳幼児等医療費助成申請、保育所入所のオンライン申請を順次リリースする予定です。

——一斉に公開するのではなく、順次対応していくのですね。

オンライン化を行う際には、一度にさまざまな手続きを網羅したくなるところですが、デジタル化を効率的に広げるためには、スモールスタートして、その成果をもとに次に広げていくのが鉄則です。トラブルに十分対応できる余裕を持つことができる上に、それまでの知見を生かしながら新たなサービスを手早く展開していけるからです。

——これからデジタル化に取り組む自治体の方に向けて、アドバイスがあればお願いします。

今回のオンライン化を通じて、DXはすべてを解決する魔法ではないと感じました。デジタルはあくまでも手段であって、業務フロー全体を改めて見直してはじめて効果を発揮するのです。さらに、どんなサービスをデジタル化する場合でも、「申請者である市民や事業者の利便性の向上を第一に優先する。次に関係者、そして職員」という順序で意識するのが重要だと考えています。このように、申請者を第一に考えることが、最終的な職員の負担軽減につながっていくのだと思います。

写真:本山 紗奈 / 文:東 真希 (Govtech Trends編集部)
(※文中の敬称略。撮影時のみマスクを外しています。所属や氏名は取材当時のものです。)

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グラファー Govtech Trends編集部

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