鎌倉市は行政手続きの電子化に向けた取り組みをどう進めたのか。注目すべき逆転の発想とは。
国内事例

鎌倉市は行政手続きの電子化に向けた取り組みをどう進めたのか。注目すべき逆転の発想とは。

2019.08.28 Wed

国内屈指の観光地である一方、積極的に社会問題の解決に取り組む鎌倉市。限られた財源・職員数の中、テクノロジーを活用した行政改革に取り組んでいることでも注目を集めています。その取り組みの1つが、Graffer(グラファー)を使った転入届・転出届などの行政手続きの電子化に向けた取り組み。市民は、スマートフォン等で必要な手続きが一覧で確認でき、市役所でQRコード(二次元バーコード)をかざして作成した書類を印刷。何度も同じ情報を書くことなく書類を作成することができます。市民の利便性向上と窓口業務の効率化の両立を目指して、テクノロジーを徹底的に活用する先進都市である鎌倉市の電子化の取り組みに迫ります。

聞き手:田村 愛、藤本 光太郎 (Govtech Trends編集部)

もっと便利で安定した行政サービスを提供したい。だから、民間のテクノロジーを活用しない手はなかった。

——はじめに、行政手続きの電子化を進めた背景について教えてください。

鎌倉市では2018年頃から、テクノロジーを活用して行政サービスをより便利にしていく「パブリテック」という取り組みを進めています。パブリテックは、公共(Public)と技術(Technology)を合わせた造語で、最新の技術を活用して様々な課題を解決していこうというのが基本的なスタンスです。

そこで積極的に取り入れたのが民間のテクノロジーです。今や、行政も役所内だけで完結する時代ではありません。政府でも民間スタートアップを倍増させる計画を進めていますが、高い技術力を持つ民間企業が多くあります。そこで我々も、こうした民間企業の持つ様々な最新の技術を取り入れて、どんどん課題解決していこうという視点で改革に取り組んでいるのです。

鎌倉市 行政経営部 行政経営課 担当課長 橋本 怜子氏

——具体的には、どのような課題があったのですか?

質の高い市民サービスを提供していくために欠かせないのが、分かりやすい情報発信と市民の利便性です。電子申請への第一歩として漠然と抱えていた課題が、市役所のホームページの分かりにくさでした。情報が探しにくく、必要な情報にたどり着くことができないことで、市民にとってはやや使いにくい状態となっていたのです。

——そんな時に、グラファーを知っていただいたのですね。

グラファーの「手続きガイド」を初めて見た時に、「こういうものがあれば市民一人ひとりに分かりやすく案内できるのか」と目から鱗でした。手続き自体を簡単にするには、国による法改正や現場での業務フローの見直しなど、膨大な時間やコストがかかります。しかし、そうではなくて必要な情報にアクセスしやすくするという解決方法があるというのは、職員だけではなかなか出てこない視点でした。

——評価したポイントは他にもあったのでしょうか。

民間のテクノロジーを活用しようと動いている中で感じたのが、行政と民間企業との考え方や前提条件の違いでした。その点、グラファーは、自治体に関する知見が豊富でしっかりと行政特有の課題や制約を理解したうえで動いてくださるので、非常に進めやすかったという点があります。また、技術的には我々が求める以上のものを毎回しっかりと提案してくれました。

ワンポイント

  • 役所内の課題解決には、最新の民間テクノロジーを活用するという方法もある。
  • 法改正や業務フローの見直しを行わなくてもできることはある。
  • 必要な情報にアクセスしやすくするのもその1つ。

実際に導入してみたら「手続きガイド」への市民からのアクセスの多さに驚いた。

——「手続きガイド」を導入してみて、いかがでしたか。

第一弾として、2018年11月に「鎌倉市 くらしの手続きガイド」をリリースしました。「鎌倉市 くらしの手続きガイド」は、転入・転居などの際、簡単な質問に答えていくだけで、個人の状況に合わせ、自分にはどの手続きや書類が必要かを知ることができるサービスです。

導入後にいただけるグラファーからのレポートでは毎月「鎌倉市 くらしの手続きガイド」へのアクセス数が想像以上に多いことに驚かされます。特に大々的な広報をしているわけではないのですが、多くの市民が見てくれていると感じています。

鎌倉市 くらしの手続きガイド
スマートフォンやPCで簡単な質問に答えていくだけで、必要な手続きや持ち物、役所の窓口などの情報が確認できる「鎌倉市 くらしの手続きガイド」。窓口手続きの約6割を占める引越し、結婚、出生、死亡などのライフイベント関連の手続き漏れや再来庁を減らし、窓口手続きのプロセスを改善することができる。

——その後、第二弾として「窓口印刷」の利用をスタートされていますね。

はい。2019年3月には「窓口印刷」の実証実験を開始しました。これは、「鎌倉市 くらしの手続きガイド」で洗い出した必要な手続きについて、市民がPCやスマートフォンから事前に提出書類を作成しておくことができるサービスです。(窓⼝印刷の実証実験は2020年3⽉で終了しました。)

仕組みとしては、転入・転出・転居の3つの手続きについて、事前に情報を入力するとQRコード(二次元バーコード)が生成されます。市役所に来庁する際には、そのQRコードを専用端末にかざして印刷される書類を窓口に提出することで、氏名・住所などの同じような基本情報を何度も書かずに済むようになります。

ただ、同時に改善点もあるなと感じています。現在、導入して半年が経過したという段階ですので、窓口業務に具体的な効果を出していくという点では、効果測定の方法や市民にとっての分かりやすさ、案内できる手続きの種類などについて、グラファーと話し合いながら改良していきたいと考えています。

「鎌倉市 くらしの手続きガイド」導入のポイントは2つ。実際にやってみて感じたこととは。

——導入時にはどのくらいの期間がかかりましたか。

「鎌倉市 くらしの手続きガイド」の導入期間は約3ヶ月程度です。導入方法としては、グラファーが作成したExcelシートの内容をチェックするだけなので、システムの専門知識や特別な設定などは必要ありません。そんな中でも私たちが最も時間をかけたのが、ガイドに記載する内容の確認でした。

「鎌倉市 くらしの手続きガイド」導入の流れ

——ガイドに記載する内容の確認では、どのような点がポイントとなったのでしょうか。

「鎌倉市 くらしの手続きガイド」は、市民が簡単な質問に答えていくだけで必要な手続きがわかるという仕組みです。そこで1つ目の論点となったのが、どのように条件を分岐するのかという点でした。手続きで必要な書類は市民によって千差万別です。しかし100%全てのケースに当てはまるように作ろうとするとかえって分かりにくくなってしまいます。どこまで厳密に対応するのかという線引きは各現場職員とともに慎重に検討を重ねました。

——なるほど。厳密性に配慮されたのですね。もう1つのポイントは何だったのでしょうか。

記載する文章にも配慮しました。もともとあるサービスを適用するので、ゼロから作成するというわけではありませんが、やはりここでも市民にとっての分かりやすさに配慮しながらしっかりと各現場職員と内容を確認しながら文言の確認を進めました。

 ——各現場職員と関係を築きながら確認を進められたという点は、鎌倉市の組織づくりの大きな特徴だと感じました。関係性を維持するために何か工夫されていることはあるのでしょうか。

各課に仕事を押し付ける形にならないよう、一緒になって取り組んでいくことは日頃から大切にしています。意見の吸い上げをしっかりと行うことで、やらされ仕事にならないようにも心がけています。

また、新しいことを導入する時には「やって本当に意味があるか」を課内でかなり慎重に検討します。私たちは新しいことを積極的に取り入れる部署なのですが、導入すること自体に満足することがないように様々な角度から検証します。そういう意味では、市民課での業務経験がある職員が行政経営課の中にいるのは心強いです。実際にどのくらい協力してもらえそうか、効果が出そうかなどを事前に十分に確認しながら進めるというのも1つのポイントかもしれません。

ワンポイント

  • どこまで厳密に条件分岐に対応するかという点に配慮した。
  • 市民にとってわかりやすい文章で表現するという点にも配慮した。
  • 原課に協力してもらう際は、協力体制やキーマンの選定も大切になる。

将来的な電子申請も見据えて導入した「窓口印刷」。その導入の流れ、押さえておくべきポイントとは。

——「手続きガイド」の後に導入された「窓口印刷」の導入期間は約1ヶ月程度でしたが、どのような流れで導入されたのでしょうか。

「窓口印刷」は将来的なオンライン申請も見据えて導入しました。導入の流れとしては、まずはどの手続きを対象にするかを検討しました。すでにホームページ上に書式が公開されている手続きのみを対象にしようと決めた後は、市民の方が入力する範囲を決定しました。入力については、当初は書類の全ての項目を入力できるようにしようと考えていましたが、入力が難しそうな項目があると判断し、最終的には住所、氏名、電話番号、生年月日の基本情報に限定しました。

——その後は、市民課の方に向けてデモンストレーションをされたのですよね。すごく意見がたくさん出たとお聞きしています。日頃の関係性が大きかったのではないでしょうか。

はい。公開する前に、関係課に実機ですべての動作を見てもらうレビュー会を実施し、意見を集めました。実物を見てもらってフィードバックをもらい、その内容をしっかりと反映してリリースに至りました。日頃の人間関係や協力体制もよかったのかもしれません。積極的に具体的な声をあげてもらえたので、非常に助かりました。全体として、試行錯誤していた期間もあるので、他の自治体で導入される場合はもっと早く導入できるのではないかなと思います。

導入にあたり、窓口の業務フロー変更には一切手をつけなかった。その理由とは。

——「手続きガイド」も「窓口印刷」でも、現場の運用フローは変更せずに実施されたとお聞きしています。

実は、業務フローに踏み込むのは意図的に避けました。その理由としては、どのくらい効果があるか分からないまま、業務フローの変更まで進めてしまうことの負荷が大きすぎると判断したからです。さらに、コストもかさみ、軋轢を生む可能性もあります。それよりは「小さくスタートして小さな実績を作る。そしてその実績を持ってさらなる改善を行う」という方法をとることで、現場の理解を得ながら進める方が得策ではないかと考えたのです。

——段階を踏んでプロジェクトを進められたのですね。今後はどのような取り組みを進められるご予定でしょうか。

デジタル手続き法などにより、政府でも電子申請に対する動きが加速しています。電子申請は市民にとっても非常にメリットが大きいため、鎌倉市でも積極的に取り組んでいきたいと考えているところです。

そういう意味で、今回の「手続きガイド」「窓口印刷」の導入はその一歩としての位置付けとも考えています。現在は、マイナンバーカードの普及や本人確認がネックとなっていますが、まずは今できるところから進めていくことで、将来的に本質的な窓口業務改善につながると考えています。

ワンポイント

  • 導入時は、運用変更に伴いどのくらいの負荷が発生するのかの検討も重要。
  • 小さな負荷で導入できることにはメリットがある。

最後に、これから「手続きガイド」や「窓口印刷」などを導入しようと考えている自治体の方に一言お願いします。

鎌倉市は、テクノロジーを活用して行政サービスを便利にすることを目指しています。電子化に向けて段階的に取り組みを進めていますが、その第一段階として市民が必要な情報にアクセスしやすくするというのは1つのポイントになってくると考えています。

グラファーの魅力は、業務フローの変更を行わずに市民の利便性が高められる点はもちろん、社員の方の技術力や理解力の高さにあると思います。改善したいという気持ちに寄り添って提案してくださる方々だと思いますので、一緒になって行政手続きを改善していこうと巻き込みながら進めていくことがうまくいくポイントだと感じています。


聞き手:田村 愛、藤本 光太郎/文:東 真希 (Govtech Trends編集部)
(※文中の敬称略。所属や氏名は取材当時のものです。)

鎌倉市が取り組むくらしの手続きガイドは「Graffer 手続きガイド」で作成できます。複雑なプログラミングや手続きは必要ありません。情報の追加や変更も簡単に設定可能。費用や導入期間などについては、無料お問い合わせからお気軽にお問い合わせください。

グラファー Govtech Trends編集部

Govtech Trends(ガブテック トレンド)は、日本における行政デジタル化の最新動向を取り上げる専門メディアです。国内外のデジタル化に関する情報について、事例を交えて分かりやすくお伝えします。

株式会社グラファー
Govtech Trendsを運営するグラファーは、テクノロジーの力で、従来の行政システムが抱えるさまざまな課題を解決するスタートアップ企業です。『Digital Government for the People』をミッションに掲げ、行政の電子化を支援しています。

鎌倉市

人口:
17.23万人(令和2年国勢調査)

導入サービス:
Graffer 手続きガイド