【災害支援×デジタル】オンラインで被災者に支援情報を提供する、広島市「被災者支援ナビ」公開の舞台裏
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【災害支援×デジタル】オンラインで被災者に支援情報を提供する、広島市「被災者支援ナビ」公開の舞台裏

2020.12.03 Thu

災害時の課題の一つである、自治体からの情報発信。この分野に挑む広島市の取り組みが注目を集めています。広島市では2020年10月に「被災者支援ナビ」を公開。被災者がスマートフォンから質問に答えると、自分に必要な支援策を確認できる仕組みを構築しました。このプロジェクトの背景には、広島市で発生した二度にわたる豪雨災害時の体験があります。「災害は備えに尽きる」と語る健康福祉局の松田係長、岩﨑主事のお二人は、豪雨災害の際、住民向けの案内業務に大きな負荷がかかることを改めて認識。その課題意識が「被災者支援ナビ」につながったのです。今回はお二人に「被災者支援ナビ」を公開するに至った経緯や、詳しい仕組みをお伺いします。

「被災者支援ナビ」とは何か

——「被災者支援ナビ」はどのようなことができるサービスですか。

松田:「被災者支援ナビ」は、災害時に住民がスマートフォンで簡単に、自分が受けられる公的支援策を洗い出せるサービスです

健康福祉局 健康福祉・地域共生社会課 課長補佐 (事)政策調整係長 松田 貴志氏

松田:住民は質問に回答していくだけで、支援策や手続きの方法を一覧で確認することができます。個人の状況に応じて、絞り込みが行える点がポイントです。住民は、多数ある本市の支援策の中から自分に関連するものを選別するために、全ての支援策の内容を確認する必要はありません。簡単な質問に回答していくだけです。質問への回答が完了すると、各支援策の具体的な支援内容や、手続き方法、手続き場所、必要な書類、問い合わせ先といった詳細情報が一覧で確認できます。

図1:今回リリースした「平成30年7月豪雨災害版 被災者支援ナビ」。質問に回答していくと、自分にマッチした支援策の一覧を確認することができる。

二度に及ぶ豪雨災害の実体験から検討を開始

——スマホから災害時の支援策を洗い出せるサービスは全国初ですが、どのようなきっかけで取り組みをはじめたのでしょうか。

岩﨑:2018年の豪雨災害を経験した現場から「被災状況に応じて支援策を導き出せるような仕組みがほしい」という声があがったのがきっかけです。

健康福祉局 健康福祉・地域共生社会課政策調整係 主事 岩﨑 政祝

岩﨑:大災害の当時、案内窓口を担当する職員には大きな負荷がかかっていました。住民向けに案内する支援策の一覧は、最大110個以上、ページ数にして13ページに及びます。それぞれの担当職員は支援策を理解したうえで住民への案内を行いますが、支援策は随時追加され、内容も多岐に渡るため、どうしても職員への負荷は大きくなりがちです。そこで住民の利便性を高めながら、職員の負荷を軽減できないかと考えたのです。

導入をスムーズに進めるために、関係課の協力を得る

——実際の導入はどのようなスケジュールで行いましたか。

岩﨑:庁内で取り組みを行おうと固めた後、約8か月かけてプロジェクトを進めました。2020年2月にキックオフを実施。その後、ガイドに掲載するための支援策を取りまとめました。7月中旬にはデモ版を確認し、そこから3度に渡り各課への確認を行い、内容をブラッシュアップ。そして10月1日に「平成30年7月豪雨災害版 被災者支援ナビ」として公開しました。多くの関係課の協力があったおかげで、スムーズに導入を進めることができました。

図2:導入スケジュール。2020年2月のキックオフから約8か月かけてプロジェクトを進めた。

——どのくらいの数の関係課がプロジェクトに関わったのでしょうか。

岩﨑:今回のプロジェクトに関わったのは、全39課です。災害時の住民向け支援制度に関連する部門は財政局税務部税制課、都市整備局住宅部住宅政策課など、多岐に渡ります。関係課には、ガイドに記載する内容の作成や、確認を担当してもらいました。

——関係課の協力を得るためにどのような工夫を行いましたか。

岩﨑:プロジェクト開始の際に、関係課を対象とした全体キックオフを行いました。キックオフ当日は、グラファーにも参加いただき、実際に関係課が行う作業内容や、スケジュールを説明。それほど難しい業務ではないと感じてもらうことができました。また、プロジェクトにかける我々の熱意を伝えました。意気込みを伝えることで、多数いるメンバーそれぞれが我が事として取り組むことにつながり、結果として導入をスムーズに進めることができたのだと思います。

大規模災害時の、住民の利便性向上や職員の負荷軽減といった効果を見込む

——「被災者支援ナビ」によって、住民向けにどのような効果を見込んでいますか。

松田:住民向けの効果としては、災害後の利便性向上を見込んでいます。住民はどこにいてもスマートフォンから、自分に関連する支援策の見当をつけることができます。簡単な質問に答えるだけでよいため、負担が軽減されます。

岩﨑:「被災者支援ナビ」は住民の分かりやすさを重視した仕組みです。例えば、住民が回答する質問を、「住宅被害・再建」「生活再建・支援」といったよくある2つの悩みに即した内容に分けることで、関連しない質問には回答しなくてもよいように工夫されています。文章も分かりやすくしているため、ストレスを感じることなく直感的な操作を行うことができます。図3:住民が回答する質問の入口は、利用者目線の「住宅被害・再建」「生活再建・支援」の二つに分割している。住民は、関連する質問にだけ答えればよいように工夫されている。

——職員向けにはどのような効果を見込んでいますか。

岩﨑:職員向けには、災害発生時に窓口を担う職員の負荷軽減を見込んでいます。災害時に窓口を担当する職員は、全庁からローテーションで配置されます。そのため余裕がないスケジュールの中で支援策一覧を読み込んで対応する場合があり、キャッチアップに負荷がかかります。そこで、スマートフォンなどを用いて、職員が「被災者支援ナビ」を活用しながら住民への案内を行うことで、対象となる支援策を簡単に導き出すことができます。対象の支援策を導き出すのは「被災者支援ナビ」に任せることで、窓口では支援策の具体的な案内に集中できるようになるのです。

松田:また、窓口での案内業務の質を底上げできる効果もあります。窓口の職員には全ての支援制度を隈なく理解して対応することが求められますが、災害時は特に「急きょ明日から窓口に立ってくれ」と言われることもあり、準備に限界があることから、どうしても案内業務の習熟度にばらつきが発生してしまいます。そこで「被災者支援ナビ」を活用することで、知識の偏りをなくし、案内の質をある程度、底上げすることができると考えています。

万が一の災害時に、1週間で「被災者支援ナビ」を公開するための工夫とは。

——今後、災害が発生した際には、どのようなフローで被災者支援ナビを公開するのでしょうか。

岩﨑:今後、万が一新たな大災害が発生した場合には、すでに準備してあるExcelの内容を修正してから入稿するだけで、被災者支援ナビができあがります。

図4:「被災者支援ガイド」は、Excelを入稿するだけで公開することができる。プログラミングやシステムの知識がなくても、Excelが操作できれば簡単に作成できる。Excelシートの一覧表には、現状その支援策を受け付けているか否かに関わらず、ガイドに入稿できる形式で、市が取り得る支援策の内容や、質問内容、条件分岐が記載されている。その中から必要なものを抜粋したり修正したりするだけで、ガイドが公開できる。


岩﨑:そのため実際に災害が発生した場合には、1週間程度で「被災者支援ナビ」が準備できると見込んでいます。一般的に、災害時にこのようなナビをゼロから用意しようとすると、どれだけ早くとも1か月近くはかかるのではないかと思います。しかしExcelシートにはすでに災害時に取り得る支援策を一覧化しているため、そこから必要ないものを削除したり、新しい制度を追加するだけです。災害発生時、関係課に照会する際には「新たに支援策を出してください」というコミュニケーションを取るよりも「前回はこうでしたが修正はありますか、追加はありますか」というコミュニケーションを取った方が短期間で検討できます。新たな支援策があれば、それらを追加すればよいだけのため、迅速に公開できるのです。

図5:万が一新たな災害が発生した場合には、1週間程度で「被災者支援ナビ」が準備できるように、構築時の工夫を行った。

——過去の災害での経験を活かして備えているのですね。

松田:過去の大規模災害の際には、支援策に関する情報を一から収集したため苦労しました。庁内が災害対応に追われている最中に、各課に支援策を作成してもらって取りまとめるとなると、どうしても一時的に大きな負荷がかかります。そういった意味では、今回「被災者支援ガイド」の構築を通じて準備を行ったことで、今後万が一災害が発生した際に、各課にかかる負担を軽減することにもつながると考えています。

今後は住民の利便性を高めるためにさらに改善していく

——公開後にはどのような反応がありましたか。

松田:当時の災害を経験した職員からは「非常に便利なものを作ってくれた」という声が届きました。またテレビ、新聞、ラジオ局といったメディアから多くの問い合わせを受け、関心の高さを感じました。

——今後はどのような点に取り組んでいきますか。

松田:まずは、ガイドの内容を、住民にとってより分かりやすいものへと継続的に見直していきたいと考えています。「被災者支援ガイド」はExcelシートを入稿するだけのため、修正も簡単に行えます。住民や職員の声を聞きながら、例えば複数の解釈ができないか、役所言葉になっていないかといった観点で少しずつ改善を進める予定です。

岩﨑:また、いざという時に備えて「被災者支援ガイド」の認知を拡大していきたいと考えています。今回さまざまな媒体を通じて周知を図りましたが、さらに多くの方に知っていただく機会を設けたいと考えています。

——「被災者支援ナビ」の他自治体での活用について、考えていることがあれば教えてください。

松田:「被災者支援ナビ」は、大災害の経験がない自治体や、これから備えたいと考えている自治体にも参考にしていただける内容だと思います。グラファーのサービスはクラウド型で提供されているため、「被災者支援ナビ」を土台とすることで、今回の広島市よりもさらに短期間での導入が見込めます。

——「被災者支援ナビ」を土台に検討して欲しいと考える背景には、どのような想いがあるのでしょうか。

松田:我々には、大災害の経験から得た教訓を発信する責務があるのではないかと考えています。広島市は、不幸なことに近年二度にわたる大災害を経験しました。そして、その経験と向き合うことで「被災者支援ナビ」ができあがりました。この仕組みは大災害を経験したことがない他自治体にも活用していただけるものです。「被災者支援ナビ」が、今後、万が一大災害が発生した際、日本全体の初動が早くなる基盤として貢献できれば嬉しく思います。

デジタル化のハードルは決して高くない

——今回のデジタル化を通じて感じたことをお聞かせください。

松田:デジタル化というとハードルが高い印象を持ちますが、今回のプロジェクトを通じて、導入までの過程一つひとつはそれほど難しいものではないのだと実感しました。我々の場合、当初は「本当にデジタル化できるのか」と不安に感じている部分がありました。実際に「本当にできるのか」「質問数が多くなるのではないか」といった周囲の声もありました。しかし実際に導入を進めていくと、目的さえしっかりと定まっていれば、難しすぎるといったことはないのだと感じました。今後も、導入がゴールではないという意識を持ちながら、継続的に「被災者支援ガイド」の改善や周知を進めていきたいと考えています。

写真:櫻井 優 / 文:東 真希 (Govtech Trends編集部)
(※文中の敬称略。撮影時のみマスクを外しています。)


広島市の被災者支援ナビは「Graffer 手続きガイド」によって実現することができます。複雑なプログラミングや手続きは必要ありません。情報の追加や変更も追加費用なしでわかりやすく設定することができます。費用や導入期間などについては、無料お問い合わせからお気軽にご相談ください。

グラファー Govtech Trends編集部

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