エストニア自治体職員インタビュー【公共サービス開発チーム編】「市民にもっと使いやすいサービスを提供したい」サービス改善の成功条件とは
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エストニア自治体職員インタビュー【公共サービス開発チーム編】「市民にもっと使いやすいサービスを提供したい」サービス改善の成功条件とは

2023.10.11 Wed

電子国家として知られるエストニア。すでにさまざまな事例が日本にも届いていますが、「リアルなエストニアの姿」をうかがう機会は多くありません。「エストニア自治体インタビュー」では、編集部メンバーが実際にエストニアの行政職員にインタビューを行い、日本の自治体職員に役立つ「ヒント」をお届けします。

これまでにご紹介してきた「教育部編」「広報部編」に続き、日本のDX推進室に近い役割を担う「公共サービス開発チーム編」として、エストニアのタルトゥ市で市民向けサービスの改善に取り組んでいるチーフサービス担当官の Eveli Pung(エベリ・プング)氏にお話を伺いました。市民にとって使いやすいサービスを提供するために、どのようにサービスの改善を進めているのでしょうか。

タルトゥ市 中央広場・市庁舎

エストニアの「DX推進室」、仕事の進め方とは

——まずは公共サービス開発チームについて教えてください。チームでは、どういった業務を担当されているのでしょうか。

私たちのチームは、市民向けサービスの改善のために2020年5月に発足しました。各担当課からの要望に対応して、業務の棚卸から業務・システムの分析、改善のための提案など、サービス改善のための一連の業務を包括的にサポートしています。


チームのメンバーは15名。サービス開発マネージャーやGIS技術者、IT技術者などさまざまな経歴を持つメンバーがいる。階層に関係ないフラットな組織で、プロジェクト内容に応じて必要な専門性を持つメンバーがアサインされる。

——日本でいうDX推進室に近いイメージですね。現在どのような取り組みを進めていますか?

タルトゥ市では現在、最後のオンプレミスシステム(※)を、クラウドサービスに移行する作業を進めています。エストニアには多くの優れた IT企業があるので、システム開発とそのメンテナンスを外部に委託したり、SaaSの標準サービスを業務のニーズに合わせて調整したりして利用するのが適切だと考えています。

(※)オンプレミスシステムは、サーバーなどを設備内に設置して管理・運用する方法です。

情報セキュリティ要件をクリアするために、一部のシステムは、市の情報システム管理部門によってホストされていますが、その開発やメンテナンスは民間の企業が担っています。

市民にとってより良いサービスにするために、担当課と一緒にアイデアを出し合って議論する

——公共サービス開発チームでは、どのような流れでプロジェクトを進めるのでしょうか?

まずは担当課に、業務の現状・問題点・改善の方向性などを簡単なシートに書き出してもらいます。その上で一緒にブレインストーミングをする時間を設けることによって、課題の本質について理解を深めたり、サービス改善にあたって対立するポイントについて詳細に議論したりします。

次に改善案を1つに絞り込み、新しい業務フローやサービスの流れを詳細に書き出します。あわせて、サービスの改善によって得られるメリットや、予算的・人的コストを詳細に整理します。管理委員会でプロジェクトが承認された後、これらの情報を元に実際にサービス改善のプロセスを進めます。

——どうしたらより良いサービスが提供できるのか、担当課と一緒にアイデアを出し合って議論しているのですね。

サービス改善のためには、サービスを担当している担当課の意向が重要だと考えています。「サービスを良くするために、自分たちが最後までやる」という意識を、担当課がしっかりと持っていることがプロジェクト成功の必須条件です。そのために、私たちは担当課と情報を共有しながら、コミュニケーションの食い違いが起こらないように、気をつけながらプロジェクトを進めています。

——具体的にはどのようなプロジェクトが行われているのでしょうか?

今年3月に、市道の通行止めや掘削に関する申請システムを新たにオープンしました。この申請は、処理の工程が複雑で複数の担当課や団体が関わっていたため、多くの関係者から意見を聞きながら進める必要がありました。システム的にも、市の利用する4つの基幹システム全てに関連していたため調整に時間がかかり、プロジェクト期間は2年半にも及びました。

——新サービスの提供までに時間がかかったのですね。プロジェクトを通じて、サービスはどのように改善したのでしょうか?

例えば道路工事などのために市道の通行止めや掘削をしたい場合、以前は紙またはPDFの様式で、2段階の申請が必要でした。まず、掘削の申請をして許可が出てから、許可番号を記載した通行止めの申請書を作成して提出するといった流れでした。

申請を処理するためには、道路を管轄する担当課による確認に加えて、文化財保護の担当者や地下に埋設物を所有している電気・水道・ガス・インターネットなどの会社からも承認を得る必要がありました。道路の利用者数に基づいて、通行止めに対する道路閉鎖税の請求も必要なため、複雑なプロセスに時間がかかっていました。

新しいサービスでは、申請者は「SPOKU(※1)」というシステムから1度の操作で2つの申請ができるようになりました。また、承認プロセスも同じシステム内で進められるため、行政担当者は申請処理の状況を一覧で確認できます。申請内容に基づいて税金が自動計算されるので、内容を確認して1クリックで請求書を発行することができるようにもなっています。さらに、市民は「GeoHub(※2)」というウェブサイト内に開設された交通規制のページ(https://liikluspiirangud.tartu.ee)で、通行止めの区間や日時を確認できるようになりました。

多くの関係者と調整をしながらシステムの構築を進めたため、プロジェクトの管理は大変でしたが、何とかサービス提供までやり切ることができました。これは私たちがとても誇りに思っているサービスデザインのひとつです。

——プロジェクトによって、サービスを利用する申請者や市民だけでなく、担当課にとっても価値のある業務改善ができたということですね。このプロジェクトはどのようなきっかけで始まったのでしょうか?

きっかけは、道路工事などのために市道の通行止めや掘削の申請をする方からの声でした。「手続きがあまりにも煩雑だからどうにかしてほしい」という要望があったのです。

実はこのとき、担当課はサービスの改善にあまり前向きではありませんでした。「エストニアのどこの自治体もこの方法でやっている。ずっとこの方法でやってきたし、そんなに悪くないと思うよ」と。

——担当課が問題意識を持っていなかったり、改善に前向きではなかったりするケースは、日本の自治体でもあり得ると思います。今回はどのように対応したのでしょうか?

現状の申請処理プロセスが、どれだけ長く煩雑になっているのか、そして、改善した後にどれだけシンプルで分かりわかりやすいものになるのか、図を作成して提示しました。アイデアを単純化して、何度も議論しました。

その結果、担当課は「それならやろう」と意向を変えて、前向きに取り組んでくれるようになりました。

ここで大切なことは、彼らとよく議論することに尽きると思います。私もかなり悩んだのですが、現状の問題や解決法をシンプルに説明することや、可視化することは有効な手段だと感じました。

大きな計画を立てて小さく始めること。そして改善を続けること

——日本で行政サービスのデジタル化に取り組んでいる自治体職員にメッセージをお願いします。

「大きな計画を立てて、小さく始めること」が大切だと思います。

もしも今、デジタル化のスタートラインに立っているとしたら、5〜10年のロードマップを作成して、いつまでにいくつの手続きをデジタル化するといった目標を立てているのではないかと思います。長期的な視野を持って大きな計画を立てるのは良いことですが、実際に着手するときには、小さなプロジェクトから始めるのが良いと思います。大きなプロジェクトから始めてしまうと、成果を得られるまでに時間がかかり、関係者は疲弊してしまいます。まずは、簡単に得られる小さな成果を積み重ねるというスタイルを選択するのが良いと思います。

また「失敗を恐れずに試してみる」ことも大切だと感じます。

実際に試してみて初めて、「これがうまくいく、これがうまくいかない」ということが分かります。最初から完璧を目指すのではなく、まずは試してみてそこから改善を続けることが大切だと思います。

「小さなプロジェクトから始めること」「改善し続けること」どちらも大切なポイントですね。貴重なお話をお聞かせいただきありがとうございました!

サービス開発チームのオフィスは明るくあたたかい雰囲気で、チーム内のコミュニケーションを大切にしていることが伝わってくる。左から、チーフサービス担当官 Eveli Pung(エベリ・プング)氏、資金調達専門官 Marek Treufeldt(マレク・トレウフェルド)氏、 チーフデータ担当官 Getter Kartau(ゲッテル・カルタウ)氏、文書管理システムヘッドユーザー Carmen Oja(カルメン・オヤ)氏

今後も電子政府先進国エストニアで、自治体職員の方たちが実際にどのように仕事をしているか、行政デジタル化が進んだ今をどのように感じているのか、現地からリアルな声をお届けします。

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(※1)SPOKU:オンライン申請と申請処理のための情報システム。当初はタルトゥ市のスポーツと文化に関する申請手続きのために開発されたが、現在ではエストニアの約半数の自治体で導入されている。
https://spoku.ee

(※2)GeoHUB:市が保有するさまざまな位置情報をまとめて提供しているウェブサイト。ArcGIS Onlineを利用していて、サインインすれば誰でも無料で地図の閲覧、作成、解析、共有等のさまざまな機能を使うことができる。
https://geohub.tartulv.ee

グラファー Govtech Trends編集部

Govtech Trends(ガブテック トレンド)は、日本における行政デジタル化の最新動向を取り上げる専門メディアです。国内外のデジタル化に関する情報について、事例を交えて分かりやすくお伝えします。

株式会社グラファー
Govtech Trendsを運営するグラファーは、テクノロジーの力で、従来の行政システムが抱えるさまざまな課題を解決するスタートアップ企業です。『プロダクトの力で 行動を変え 社会を変える』をミッションに掲げ、行政の電子化を支援しています。