エストニア自治体職員インタビュー【教育部編】「保護者であることは、それだけでとても大変。だからこそ、デジタルツールを活用して保育所や学校の手続きを快適にしたい」
電子国家として知られるエストニア。すでにさまざまな事例が日本にも届いていますが、「リアルなエストニアの姿」をうかがう機会は多くありません。そこで今回は、編集部メンバーが実際にエストニアの自治体職員にインタビューを行い、日本の行政職員に役立つ「ヒント」をお届けします。
「教育部編」となる今回は、エストニアのタルトゥ市 教育部で働くKatrin Parv(カトリン・パルヴ)氏とKadi Toomi(カディ・トーミ)氏に、保育所や学校の手続きに関するデジタル化について伺いました。保護者と学校とのコミュニケーションに対して、どのようにデジタルツールを活用しているのでしょうか。
エストニアは世界が注目する電子政府
電子政府先進国として世界から注目を集めるエストニア。ガブテックトレンドの読者の方は、既にいくつもの事例を目にしたことがあるのではないでしょうか。
ヨーロッパ北東部に位置するバルト海に面した、人口約130万人の小さな国ですが、日本のマイナンバーカードのようなIDカードを使って、行政手続きの99%をオンラインで済ませることができます。
タルトゥ市 中央広場・市庁舎
保護者の手続きを、保育所から中学校まで一気通貫でデジタル化
——保育所、幼稚園や小中学校など、子育てや教育にかかわる手続きは、どのくらいデジタル化されているのでしょうか?
Katrin:タルトゥ市では、2013年から教育サービスを管理するためのシステム(「Arno」以下「教育システム」)を使用しています。これは、私たちの業務において、最も重要なツールとなっています。
この教育システムを利用して、保護者は保育所、幼稚園や小中学校の入園・入学申請、学校の放課後クラブの申請、学校給食の注文・支払いなどさまざまな手続きを行うことができます。
タルトゥ市 教育部 Katrin Parv(カトリン・パルヴ)氏。Katrin氏が所属する教育部は、日本の自治体でいうと教育委員会の学校教育課のような部門。一般教育(小中学校)に加えて、幼児教育(保育所・幼稚園)や、市設の職業訓練学校を担当している。入学・入園のための手続きや、予算に関すること、先生方に対する研修等を行っている。
——保育所から中学校まで、保護者が行う手続きがオンラインでひとつのオンラインサービスにまとまっているということですね?それは保護者にとって便利そうです。
Katrin:そうですね。保護者は一つのシステムで全ての手続きができるので、どこでどうやって手続きをするのか悩むことがありません。
保護者は、保育所、幼稚園や小中学校の入園・入学申請、学校の放課後児童クラブの申請、学校給食の注文支払いなど、子育てにかかわる手続きを一つのサービスで行うことができる。
市立幼稚園の入園申し込みでは、90%以上の保護者がオンライン申請を利用
——何割くらいの保護者が教育システムを使っているのでしょうか。
Katrin:市立幼稚園の入園申し込みでは、90%以上の保護者が教育システムを通じてオンライン申請を利用します。ウクライナからの難民など、IDカードを持っていない方は役所の窓口または幼稚園に直接来所して申請していますが、IDカードを持っている方は、みなさんシステムを利用して申請しています。
——90%というとほとんどの保護者がオンラインで申請しているということですね。オンライン申請にはどのくらいの時間がかかりますか。
Kadi:オンライン申請にかかる時間は、ほんの数分です。実は私も子どもが生まれて、2年程前に申請しました。操作としては、幼稚園を第2希望まで選ぶだけのため、希望園が決まっていさえすれば、申請自体にはほとんど時間がかかりません。IDカードを使ってシステムにログインした時点で、住所や名前など子どもに関する基本情報が自動的に入力されるので、手動で入力する必要はありません。
——自治体職員の業務についてもお聞かせください。オンラインで申請された場合、申請内容のチェックにどのくらい時間がかかりますか?
Katrin:職員が1件1件の申請をチェックすることはありません。オンライン申請では、例えば、子どもの年齢が1歳5カ月以上であるなど、必要な条件に適していない情報を入力することができないように制御されています。このおかげで、不備のある申請内容について、申請者に連絡して確認をとるような作業は発生しないので、担当者の負担はかなり軽減されていると思います。
教育システム導入前は、紙で運用していた
——エストニアではデジタル化がかなり進んでいる印象です。ちなみに、システムが導入される前は、幼稚園の入園申し込みはどのように申請されていたのでしょうか。
Katrin:システムの導入前は紙で申請を受け付けていたので、保護者は幼稚園に行って、申請書に記入をしていました。
職員は、紙の申請書を見ながら情報を入力して表を作成する必要がありました。この頃は、情報の入力ミスや、記載内容の間違いなど、何度も確認と修正が必要になるといった問題がよく発生していました。
また、市役所では、幼稚園の空き状況がリアルタイムで分からなかったため、1カ所ずつ幼稚園に電話をして、「○歳クラスに空きはありますか?」と確認する必要があり、とても大変でした。
——紙で運用していた頃と現在では、保護者の方の大変さは変わりましたか?
Kadi:そうですね、保護者の大変さはかなり軽減されたと思います。以前のように手続きのために幼稚園や学校に行く必要がなくなったので、保護者にとっても便利になりました。システムにログインして申請の処理状況を確認できるので、透明性の向上にも寄与していると感じます。
タルトゥ市 教育部 Kadi Toomi(カディ・トーミ)氏
デジタル化で、市民にもっと寄り添った行政サービスを提供できる
——日本で行政デジタル化に取り組んでいる自治体職員の方に向けて、メッセージをいただけますか。
Kadi:私たちが、新しいシステムを導入する際に考えていたのは「保護者からシステムがどのように見えるか?」、「保護者にとって、本当に簡単で快適なものになっているのか?」ということです。子どもを産み、育てることは簡単なことではありません。だからこそ、私たちは保護者に余計な負荷をかけられないといつも考えています。
私たちの仕事は、保護者が社会の中でうまくやっていくのを助けることだと考えています。そのために必要なツールとして、教育システムを使っています。
業務のデジタル化に対してあまり前向きでない人がいるかもしれませんが、その理由の一つは、これまでやってきた仕事を失う可能性があると考えているからかもしれません。 しかし、それは必ずしもそうではないと思います。デジタル化は、市民にもっと寄り添った行政サービスを提供するために、間違いなく効果的な方法の一つだからです。デジタル化に対応するために、新しいスキルを習得する必要があるかもしれませんが、やれば必ずできることです。
——デジタルツールを活用することで、もっと効果的で円滑に市民とコミュニケーションがとれるということですね。
Kadi:その通りです。デジタルツールの利用で、市民にとっても行政をより身近に感じてもらうことができると思います。
——エストニアに比べると日本の制度はより複雑で、そのために手続きが大変になっていることがあると感じます。例えば、認可保育所の入所申請では、申請書の他に、保護者の就業証明書など添付書類の提出が必要です。
Kadi:申請の条件があったり、添付書類があったりするからといって、システムを利用できないと考える必要はないと思います。タルトゥ市でも、特別な支援が必要な子どもたちの学校や幼稚園の申請では、添付書類の提出を求めています。保護者は申請の際に、書類をシステムにアップロードします。書類を紙で持っていて自宅でスキャンすることができない状況であれば、スマートフォンで写真を撮ってアップロードするようにお願いしています。
——そうですね。煩雑な事務作業に時間を割いているような状況であれば、デジタル化による業務改善の効果はより大きくなると期待できるかもしれません。リアルなお話をお聞かせいただきありがとうございました!
エストニア自治体職員インタビューでは、電子政府先進国エストニアで、自治体の職員たちが実際にどのように仕事をしているか、行政デジタル化が進んだ今をどのように感じているか、リアルな声を紹介します。
取材・写真・文:石神 唯 / 編集:佐竹 佳穂、東 真希(Govtech Trends編集部)
(※文中の敬称略。撮影時のみマスクを外しています。インタビュー内容や所属、氏名は取材当時のものです。)
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グラファー Govtech Trends編集部
Govtech Trends(ガブテック トレンド)は、日本における行政デジタル化の最新動向を取り上げる専門メディアです。国内外のデジタル化に関する情報について、事例を交えて分かりやすくお伝えします。
株式会社グラファー
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