「あのとき、もし知っていれば」自身の困難な経験をもとに生まれた「お悩みハンドブック」開発者の想い
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「あのとき、もし知っていれば」自身の困難な経験をもとに生まれた「お悩みハンドブック」開発者の想い

2023.06.27 Tue

必要な助けを、必要な人に届けたいという想いから、お悩みハンドブックの開発ははじまりました。サービス公開後は、SNSや国会の質疑で話題となり、2023年4月までで47万人を超える方に利用が広がっています。企画・開発者が、なぜお悩みハンドブックを作ろうと思ったのか、その想いをご紹介します。

株式会社グラファー お悩みハンドブック 企画・開発者 佐藤 まみ

必要な支援にたどり着くまでに15年かかった幼少期

私自身、幼少期に、家庭内暴力など家族の問題を経験しました。

日常的に怒号が飛び交うような毎日だったのですが、自分が虐待被害児だとは考えもしませんでした。支援を求める発想すらなく、「家庭内暴力や、家族の心の病気は恥ずかしいことで、自分だけで対処しなければならない」と思い込んでいました。

小学5年生の頃には、母が統合失調症で入院。幻覚や強い妄想の影響で暴力を振るうため、1回3~4カ月間、年単位で入院が繰り返されました。鉄格子ごしに見た、ベッドに縛り付けられた母の姿は、忘れることができません。

このとき、さまざまな福祉的支援策の存在を知っていれば、家族は違った人生を送っていたかもしれません。でも、まだ子どもだった私は何も知りませんでした。

最終的に、福祉的支援策があることを知ったのは、15年後、私が大学に進学してからでした。このとき、「もっと早く母の病気を理解して、福祉的支援を利用していたら、症状が悪化するのを防げたのではないか」というどうしようもない後悔を感じたことが、開発のきっかけとなりました。

つらい状況にある人に、必要な支援を届けたい

家族や自身の病気やDV、離婚、仕事ができなくなった——皆さんの周囲にも、こうした状況に陥ったことのある方がいらっしゃるのではないでしょうか。

こうした困難に直面したとき、私のように、社会保障制度を活用できなかったことによって、状況がより複雑化したり深刻化したりするケースも少なくありません。

困難な状況に陥った人を助けるために、世の中には多くの福祉的支援策が存在しています。しかし、「気になる」、「使いたい」と思った支援制度や相談窓口に関する情報を、ネットなどで気軽に得られる仕組みは整っていません。幼少期の私が陥ったような状況はまだまだ解決されておらず、社会的な問題として放置されたままです。

それであれば、「自分でサービスを作ることで、同じような経験をしている、誰かの助けになれるのではないか」と考え、開発への一歩を踏み出したのが2020年頃のことでした。


構想段階のモックアップ。初期の頃はまだ、適切な支援にたどり着くために何が必要なのか、十分に詰め切れていなかった。

リリース後1年で47万人が利用する大きな反響

その後、グラファー代表の石井とともにサービスを開発。構想から2年を経てリリースすると、1年で累計47万人もの方に利用いただくことができました。
(※)Google社提供のGoogle Analyticsの数値に基づく。

実際にサービスを利用した方からは、「迷わないし、分かりやすい」「親から逃げることができた」など、多くの反響をいただいています。

サービス利用者の声(抜粋したものを加工して掲載しています。その他の反響はこちら)。

2022年2月には参議院予算委員会で、支援を必要とする人への情報の届け方の好例として取り上げられました。大臣が「本当にわかりやすい」「ありがとうございます」と応じ、政府が情報提供する際、お悩みハンドブックを参考に、利用者目線で作っていくことを基準としたいという主旨の答弁につながりました。

参議院予算委員会の基本的質疑で、お悩みハンドブックが取り上げられた(出典)。

試作段階では「難しいと思う」の声

このように、想定以上に多くの方に活用いただいているお悩みハンドブックですが、試作段階では高いハードルがそびえ立っていました。

簡単な試作品を用意するところまではスムーズに進みました。その後、当事者や支援者にヒアリング調査を行ったところ、「システムを作ったところで当事者が自分自身で解決するのは難しい」など、否定的な意見が多くあり、考えることと実際に役立つものを作ることは違うのだと実感しました。

どうにか実現するため、関係者と議論を交わしながら、利用者からの意見をもとに300回以上の試行錯誤を重ねました。そして最終的に辿りついたのが、現在のお悩みハンドブックの形です。

困難に直面した方にとって「本当に頼れるサービス」を実現するために

試行錯誤を重ねたことで、最終的にできあがったお悩みハンドブックには、徹底した「利用者目線」が取り込まれています。例えば、次のような点です。

1. 難しい言葉を使わない

「ドメスティックバイオレンス(DV)の被害者ですか?」のように抽象的な表現ではなく、「不安、身の危険を感じる相手がいる」というように、具体的に答えやすい言葉で質問しています。DVのように、困っている状況がいつの間にか当たり前になっている場合、自分が被害者であることに気づくことができないこともあるからです。

2. 最低限の悩みに答えるだけで自分で見つけられる

利用者が、自分自身で役立つ支援情報を集められるようにしました。言葉にするのもつらいような悩みの場合、人に話すよりもシステムのほうがハードルは低くなります。独自のアルゴリズムを用いることによって、公的支援を中心とした200以上の解決手段から、お金・仕事・住まい・病気・障害・子育て・介護・家庭内の暴力・いじめ・学び直しなど多岐に渡る情報を収集できるよう、継続的に改善を重ねています。

3. 個人情報を一切登録させない

私自身もそうだったように、多くの利用者から「自分のことを知られたくない」という意見をいただきました。そのため、名前や住所などの個人情報や、面倒な手続きは一切不要として、誰でも、困ったとき「すぐに使えるサービス」であることを重視しています。

4. 丁寧な結果説明

支援を受ける本人の意思を大切にしたいので、意思決定に必要な情報は、本人が理解できるような言葉で説明する必要があると考えました。試作段階では、「支援策を一覧で紹介するだけでは利用すべきかどうかの判断ができない」と痛感しました。支援の名称と行政機関のURLを紹介しても、リンク先がわかりにくかったり、利用の決め手となる情報が足りなかったりと、あと一歩のところで離脱してしまうからです。そのため、分かりやすく、理解しやすい言葉で、支援を解説する記事を設け、「使いたい」と思ってもらえたときに迷わず使ってもらえるように工夫しました。

5. 回答結果を利用して「相談を促す」

「相談相手に事情を伝えて、力を借りやすくするにはどうしたらよいのか」といった点は何度も試行錯誤しました。せっかく勇気を出して自己開示しても、限られた時間で自分の事情を漏れなく正確にわかりやすく説明するのは難しいことです。そこで、回答結果をもとに、相談資料を自動作成できる機能を搭載しました。

相談に入る前にこの資料に目を通してもらうことで「悩みの状況」「関係する支援」「相談の目的・希望」を相手に伝えることができて、より低いハードルで相談に辿りつくことができます。つらい悩みを何度も口にして説明する必要もありません。相談資料を受け取った支援者から見ても「会話する前に、相談者が何を求めているのかが適切に把握できる」というメリットがあります。

利用者が支援策の一覧を見つけ出した後は、支援に結びつくように機能を用意している。

これからも「利用者目線」を第一に、継続的な改善を積み重ねていく

お悩みハンドブックは、利用者の声を収集し、継続的な改善を行っています(改善の一覧はこちら)。

例えば「回答結果の選択肢が多すぎる」というご意見については、回答結果の絞り込み機能や、回答をふりかえりながら悩みに優先度を付けられる機能を追加することによって、何をどの順番で進めるのか決めやすいようにしています。

お悩みハンドブックは、「助けて」と言うこともできないほど追い詰められている方に向けて、つらい状況から抜け出すための選択肢を提供することを目指したサービスです。これからも改善を重ねていくことによって、「あと一歩のところで助けが必要な人に届かない」といったことを防ぎ、誰もが孤独・孤立に陥っても支援を求められる、声を上げやすい社会を目指します。

自治体のお問い合わせ先

自治体における孤独・孤立対策、重層的支援体制の充実のために、「お悩みハンドブック」を活用いただいています。北九州市や京都市では、すでに「お悩みハンドブック」を導入し、住民が支援制度にたどり着きやすい仕組みを構築しています。費用や導入期間は、無料お問い合わせからお気軽にお問い合わせください。

グラファー Govtech Trends編集部

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株式会社グラファー
Govtech Trendsを運営するグラファーは、テクノロジーの力で、従来の行政システムが抱えるさまざまな課題を解決するスタートアップ企業です。『プロダクトの力で 行動を変え 社会を変える』をミッションに掲げ、行政の電子化を支援しています。